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引きこもりでも幸せになれる?

引きこもり歴2年目の30代女子(?)が幸せを手にすることができるのかを様々な角度から検証していくブログです。そして、引きこもり生活の楽しみ方を紹介!

週に一度の憂鬱な日、そして。。。

私には1週間に1度、憂鬱でならない日がある。

 

それは、愛娘のように可愛がっている愛犬が

母と姪の2人に一緒に寝る時間を奪われてしまう日があること。

 

まだ小学生の姪は、週に1度は祖母である私の母と一緒に寝ている。

姪も愛犬のことが大好きで、妹のように可愛がっていて、

母と一緒に寝る日だけ愛犬は私の部屋から1晩だけ母と姪が眠る部屋に出向くのだ。

 

たった1晩のことだけど、

一度知ってしまった温もりは何とも離しがたい。

 

いつもなら、私の足元に5kgの重さを感じていたのに、

その重さすら感じずに寝返りもすいすいと簡単。

 

分かってもらえるだろうか?

 

この寂しさを。

この空しさを。

この喪失感を。

 

「1晩くらいのことで何を大げさな!」

そんな声も聞こえてきそうだが、

私にとっては大まじめの問題。

 

いつからだろうか?

 

こんなにも、犬臭い部屋で平然としていられるのは。

肉球から臭う何とも言えないニオイが「落ち着くなぁ」と感じるようになったのは。

私よりも高い体温の温もりが「心地いい」と思うようになったのは。

 

いつからだろうか?

 

「このコが死ぬまでは絶対に死ねない!」

そう思うようになったのは。

 

私は知らないうちに、生きがいを見つけてしまったのかもしれないな。

今日嬉しかったこと

愛犬の頭のニオイが相変わらず、ワカメのニオイだったこと。

加湿器の水

11月に入って加湿器を出した。

この時期、乾燥やらブタクサの花粉やらで喉がものすごく乾く。

 

去年まで何も考えずに水道水を加湿器のタンクに目一杯入れ、

使用していたけど、今年になって突然母が

浄水器の水を使ってるんでしょ?」と言いだした。

 

確かに、加湿器から蒸発する水分は部屋の空気中に飛散して、

私の鼻や口から体内に入る訳だから、

飲み水として使っている浄水器を使うのが正しいのだと納得した。

 

でも、その晩になって妹と同じ話になったとき、

妹はこう言った。

浄水器はダメだって説明書に書いてあったよ」

 

「マジか!」

母の話は間違いだったことが分かった。

 

改めて加湿器の説明書を確認してから、

即座にタンクに入れた浄水器の水を捨て、水道水に入れ替えた。

 

 

今、ふと思ったことがある。

世の中には、誰が聞いても正しいと納得できる話がゴロゴロ転がっている。

 

だけど、実際に自分の身に降りかかってみると、

案外間違いだらけだったなんてことも多々ある。

 

「百聞は一見にしかず」とは良く出来たことわざだ。

どんなことでも、自分で見聞きしたことを信じるべきなのだと。

 

根も葉もない噂や被害妄想から早く逃れたいと強く思った今日この頃でした。

 

今日嬉しかったこと

加湿器の寿命をおそらく、長らえさせたこと。

毛むくじゃらの一日

人はなぜ、他の動物よりも優れた知能を持っているんだろうか?

人間は何のために生きていくんだろうか?

私は何のために生きている?

 

雨が降ってきて、なぜか物思いに耽ってみる。

 

私の横で眠っている4本足の毛むくじゃらは、

薄手の毛布に包まって足を小さく震わせ夢の真っ只中。

 

私が人間でなければ、

こんなにも悩み苦しむことはなかっただろうなぁ。

 

私がただの毛むくじゃらの犬だったら、

自由気ままに暮らしていただろうか?

 

ふと、考えてみた。

答えなんか出る訳もなく。。。

 

我が家の愛犬はどうだろう?

 

『お腹一杯になるまで食べたいのに、

いつも決まった量のご飯しかくれない。

 

外が大好きで窓からいつも眺めてるのに、

自由に外を歩き回れるのも朝晩の2回だけ。

 

しかも、せっかく言い気分だったのに、

とげとげのあるやつで全身の毛をむしられる。

 

昼間は自分とは姿形も違う2本足の生き物が

気まぐれに遊んでくれる。

 

ゴロンと床にお腹を出して寝転がれば、

何もしなくても機嫌がとれるし。』

 

 

うーむ。

犬も犬でなかなか苦労がありそうだ。

 

私は私でいいのかも。

生きる意味が何だ。

 

子孫繁栄のためでもなく、

ヒーローになるためでもなく、

歴史に名を残したい訳でもなく、

ただ生きている。

 

意味なんかなくたっていい。

ただ、今は毛むくじゃらのそばに居たいだけ。

 

 

明日のお散歩は、好きに歩かせてあげよう。

それに、ブラッシングの時間も少し短めにしよう。

今日嬉しかったこと

シャンプーした毛むくじゃらがふわふわになったこと。

きっかけは自然に

毎朝、毎晩、愛犬と散歩に行くようになって

思うことがある。

 

大体同じ時間に同じ場所で会う人がいて、

最初は挨拶をする程度。

 

それが自然と犬の話題で会話が弾む。

なぜだろうか?

 

今の私の状態から他人と話すのも面倒だと

人目を避けてきたけれど、

不思議と嫌な気分にならない。

 

理由を考えてみた。

 

相手のことを知らないし、

相手も私のことを知らないから?

 

知らないなりにほどよい距離感を

保っていられるから?

 

同じ犬好きに悪い人はいないと、

思っているから?

 

それとも、私よりもはるかに年上で

包み込んでくれそうな優しさを感じられたからだろうか?

 

答えは分からない。

いや、分かっているのかも。

 

まぁ、いっか。

自然にそうなれたならそれでいい。

 

きっと、分かっていても分からなくても、

全てに答えを見つける必要はないんだと思う。

 

だって、

自然に流れを任せて生きていきたいから。

今日嬉しかったこと

愛犬との散歩中に話しかけてきた人とワンコトークに花が咲いたこと。

ぬくもり

温もりがあれば生きていける

我が家に数週間前から小型の成犬がやってきた。

 

雑種のメスで、とても愛嬌があるコ。

一目で虜になってしまった。

 

夜は私の部屋で一緒に寝て、

朝はこのコに起こされてお散歩に。

おかげで早寝早起きの規則正しい生活を送ることが出来ている。

 

毎日一緒に居るせいか、家族の中でも私に一番懐き、

私を母であるかのように接してくる。

 

私が動くたびに私の動きを目で追い、

部屋から出て行こうとすると”金魚のフン”のように着いてくる。

 

この上なく、「愛しい存在」になった。

 

私がソファに座っていると、

横に来て背中やお尻を私の体に密着させてくる。

 

ただ、温かかった。

そして、優しかった。

 

この温もりを守るためなら、

どんなことでもできる。

 

いつしか、そんな気持ちが私の中に生まれた。

 

偶然なのかもしれないけど、

このコが私の元に来るために私は生きているのかもしれない。

 

ただ、素直にそう思う。

 

この温もりを守るために今、私は生きている!

今日嬉しかったこと

この温もりが”朝を迎える勇気”をくれたこと。

希望の光

我が家に希望の光が差し込んだ。

いや、私に。。。

 

愛犬を亡くして4年が経ち、

心に大きく開いた穴も自然と時間とともに

小さくなりつつある。

 

そんなある日、

偶然が重なって我が家に1頭の犬がやってきた。

 

人目見たときにビビビってきた(笑)

これが運命の出会いってやつだろうか。

 

ボサボサの長い毛にクリっとした真ん丸の瞳。

妙に愛嬌が良い所が気になったけど、

一瞬でその犬の虜になってしまった。

 

私の色褪せた日常に彩色が施された。

止まっていた時計の針が動いたようだ。

 

闇に照らす一筋の光のように、

私を地上へと引き上げようとしてくれる。

 

ちょっとだけピリピリしていた我が家に、

和やかな雰囲気を演出してくれる。

 

彼女は確かに、

我が家の希望の光になりつつある。

 

一時は私に残された時間の長さや健康な肉体を

恨んだこともあったけど、

今では感謝している。

 

朝、晩と愛犬と一緒に走ったり、

同じベッドの上で眠ったり、

おかしな行動に笑ったり。

 

人生って不条理だ。

どんなに落ち込んでいようと、

時間と共にその記憶さえも薄めてしまう。

 

ずっと悲しみや絶望の中に居ることができたら、

近い将来の不安や起こるであろう悲しみや絶望を

二度と味わわなくてすむのに。

 

それでも、私は前に進むことを選んだのだ。

 

そして、

希望の光に出会えた。

今日嬉しかったこと

愛犬が私のニオイが付いたパーカーの上で

眠っていたと知ったこと。

正直者は損をする

 「正直に生きていきたい」

でも、現実は。。。

 

『正直な人間ほど損をする』

そう考えざる得ない。

 

現実に、これでもかと言うほど

味わってきたからだ。

 

嘘をつけないというか

嘘をつくとすぐに顔に出てしまうので

嘘は苦手だ。

 

いや、これも良い訳か。。。

 

嘘をつくことに

何かしら罪悪感を覚える。

 

親から「嘘はつくな!」と怒鳴られた覚えはないけど、

未だに嘘やごまかしは苦手だ。

 

うーん。これも違うか??

 

罪悪感ではなく、

自分が悪者になりたくないだけ。

 

これが私の本性。。。

 

「自分が正しい」と考えていたから、

自分を否定されたくないから

嘘やごまかしが嫌いなのかもしれない。

 

!!!

 

違う!

本当は自分自身に嘘やごまかしをしてきたせいだ。

 

「自分が正しい」と思いたいから、

つじつまが合うように自分で嘘をついて、

ごまかしてきた。

 

「正直な人間が損をする」ではなく、

『正直な人間だと信じる人間が損をする』のかもしれない。。。

 

常に正直でいたか?

周りを敵に回しても立ち向かえたか?

自分の利益より相手の利益を真っ先に考えれたか?

やりたくないことを我慢していなかったか?

言葉と行動が一致していたか?

 

全てのことにおいて、

YESとは答えられない。

 

では、「正直に生きる」とはどういう生き方なのか?

 

ただ単に、嘘をつかないとか

ごまかさないとかのレベルではないだろう。

 

自分が思うこと、考えること、感じたこと、

全てにおいて”一貫していない”ことではないだろうか。

 

人間は感情で動く生き物。

たったの一言で怒ることもあれば、

喜ぶこともあるし、泣いたり悲しんだりすることもある。

 

どんな出来事に対しても、

全く同じ感情であるはずがない。

 

自分では気づいていないけれど、

微妙に違っているはずだ。

 

ただ、感情を物差しで測ることができないだけ。

 

だとすれば、

やはり”一貫しない”ことこそ

「正直に生きる」ということになるのではないだろうか。

 

いかにも現実逃避している引きこもりが考えそうなことだと

言われてしまえばそれまでだけど、

不思議と今、心のもやもやが少し晴れた気がする。

 

もちろん、今のままで良いとは思わない。

 

ただ、嘘をついてもごまかしたりしても、

私は私。

 

誰でもない私だ。

 

もっと、自分に自信を持て!

もっと、自分を信じろ!

現実社会が全て”悪”ではない。

 

私が”悪”と決めつけていただけなのかもしれない。

今日嬉しかったこと

本当の私の一面を発見したこと。